われ弱ければ矢嶋楫子伝

われ弱ければ矢嶋楫子伝
  • 原作
    三浦綾子
  • 監督・脚本
    山田火砂子

映画製作に
ご協力ください

映画
『われ弱ければ 矢嶋楫子伝』
製作にあたって

男尊女卑の時代、社会のため、女性のために闘った楫子の勇気は、
現在の私たち女性にとって、感謝し尽くせない

矢嶋楫子(やじまかじこ)は、天保四年(1833年)に今の熊本県に生まれます。
封建時代から近代社会へと、新しい日本を女性自らの手で築くのだという、気概を持って文明開化に挑んだ生涯を送ります。
当時の女性は酷い差別に合い、人間扱いされなかった。そんな時代に、男女同権、教育、人権など女性解放の多くの分野で、自らを主張し始めた女性が楫子です。
男女平等、夫婦一夫一婦制、廃娼運動、婦人参政権運動、禁酒運動、喫煙廃止運動などの社会改革運動に力を入れ、その見識は百年先をも見据えていました。
現在もある女子学院初代校長であり、キリスト教矯風会を設立しました。
女性のために闘った楫子の勇気は、現在の私達にとっては感謝してもし尽くせない功績です。
この矢嶋楫子の話を映画にしたく、2021年の完成に向けて是非ご協力下さい。
皆様のご協力が、映画を完成に導きます。
何卒、よろしくお願いいたします。

監督・脚本 山田火砂子

山田火砂子監督

山田火砂子監督作品

  • 『エンジェルがとんだ日』
    (文部省選定)
  • 『筆子その愛―天使のピアノ』
    (児童福祉文化賞受賞)
  • 『大地の詩』
    (児童福祉文化賞・特別部門受賞)
  • 『望郷の鐘―満蒙開拓団の落日』
  • 『石井のお父さん ありがとう』
    (児童福祉文化賞受賞)
  • 『明日の希望』
    (児童福祉文化賞推薦)
  • 『母―小林多喜二の母の物語』
    (三浦綾子原作)
  • 『一粒の麦 荻野吟子の生涯』
    (文部科学省選定)

矢嶋楫子とは?

矢嶋楫子肖像
70代の矢嶋楫子

禁酒・廃娼・一夫一妻制・新しい女子教育...
江戸後期から大正まで生き抜き、
一途に女性の地位向上を目指した生涯
出典:四賢婦人記念館・旅ムック.com熊本

1833(天保4)年
肥後(現:熊本県)の益城町一帯を治める惣庄屋の矢嶋家の六女として生まれる。
1858(安政5)年
兄の勧めにより、横井小楠門弟の林七郎と結婚。
1868(明治元)年
夫の暴力や酒乱により離婚。矢嶋家に復籍する。
1872(明治5)年
兄の看病のため上京。その途上、かつ子から「楫子(かじこ)」と改名する。
兄のもとに住み小学校教員伝習所に学ぶ。苦学の末小学校・女学校の教師となる。
1879(明治12)年
米国婦人宣教師ミセス・ツルーの影響によりキリスト教に入信し受洗。
1886(明治19)年
「日本キリスト教婦人矯風会」を設立し、初代会頭に就任。
元老院への「一夫一婦制」の建白書提出をはじめとし、婦人参政権、廃娼・禁酒運動、男女同権等に尽力する。
1889(明治22)年
キリスト教系女学院二校を合併(現女子学院)を創立。初代校長となる。
1921(大正10)年
89歳の高齢でワシントン平和会議に出席し、その功績を讃えられハーディング米大統領より記念の花器を贈られる。
1925(大正14)年
93歳没。従五位勲五等に叙される。

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